《クローバー》Aであるシオン=リュークの提案で3年生の最初の演習にエンブレム所持者が参加する事になった。最初の演習とは、組み分け演習を差す。組み分け演習はそれぞれの持つ能力を引き出させ、あらかじめ決められた選考方法で3つの組に振り分ける事を目的としている。能力を見極めるにはもってこいの演習だった。
「今年の演習は『カード・ゲーム』らしい」
「『カード・ゲーム』…随分と難易度の高い演習をするんだね」
「発案者がロエン先生だからな」
《ハート》Aの邸宅である『柊亭』のウッドデッキになっているテラスでのお茶会。今日の出席者は主催である《ハート》A・ルーエ、《クローバー》A・シオン、《スペード》K・ヒュークリッドだ。
「王子はどうだ?納得してたか?」
「ああ。決定した事をいつまでも引きずっていても仕方が無かろう?とっくに切り替えておられる」
「なら良かった」
《スペード》Aであるエセルはシオンの提案に反対だった。だが、通ったのはシオンの意見。エセルに従うヒュークリッドを引き込むのは至難だと判断して裏で《ダイヤ》Aのベル=キャンティと取引をした。だが、エセルの事を除けば2人は良きライバルであり、友人でもある。こうして話をするのは楽しみでもあった。
「そうだ…《スペード》で定期的に行っている島内のモンスター出現ポイントの調査だが、今年は無しになった」
「マジ?」
「でも、そうなると《ハート》が結界を作る時に困るよ…」
《ハート》が結界を張り直すのは《スペード》が行った調査を元にして行われる。
「どうも、ロエン先生と新任のセレヴィ先生が調査をしたようなんだ」
「それなら安心だ」
その名前を聞いて安心したと同時に予測がついた。
「課題にモンスター退治を取り入れるつもりなのか?」
「おそらく…」
「いきなり実戦に出すなんて危険過ぎる!」
「だから、私達が参加する事がかえって良かったかもしれない」
3人は納得した。
その時、《スペード》Aのエセル=ローエングラムは学内の『静寂の森』に居た。この島の森はモンスターが生息する。だから、基本的に森との境界には対魔物用結界が張られている。だが、それは全ての森ではなく、中には憩いの為に開放されている部分がある。それが『静寂の森』である。奥へ進むと境界があり、それより奥は立ち入り禁止区域だ。
(ここなら、大丈夫だな)
エセルは腰の剣を鞘ごと地面に置いた。すると瞳の色が黄金色から深紅に変わる。そして、肩に掛けて来た細身の長剣を手に取った。心を静め、精神を統一させる。
「はぁっ!」
剣を一閃させる。木の枝がスパッと割れ落ちる。
(うん…使いやすそうだ。少し長いかと思ったが、この軽さとしなやかさなら悪くない)
エセルは時々、剣の稽古をしにこの『静寂の森』へやってくる。聖剣の使い手である事は入学当時から知られている。その為、聖剣以外の剣を使う時はヒュークリッドかエンブレムの誰かがそばに居る時か、もしくは誰もいない場所を選ぶしかなかった。常に聖剣を使っていては自身の剣技が向上しないように思えて、敢えて聖剣以外の剣で稽古をするようにしている。
「ん…?」
ふと、視界に白い影が映った。それは少女だった。
「あの先は――」
(あの先は禁止区域のはず…)
少女は何かを探しているようだった。そして、気が付いていないようだった。
「きゃあっ!」
(チッ…出やがったか!)
エセルは声のする方向へ走った。そして、標的を捉えるや否や一閃!剣撃を放つ。
「セイッ!」
それは、大きな蝙蝠に似たモンスター『トゥンガ』だった。
「馬鹿野郎!ここは禁止区域だぞ!境界の注連縄が見えなかったのか?」
少女はびっくりして瞳を見開いていた。その表情を見て、エセルはしまったと思った。
(マズイ…泣かれる?)
「す…すみませんでした。あの、私…探し物を、して…いて…気が、付かなくて…」
「…もういい。以後気を付けろ」
「はい…」
シュンとして少女は俯いた。
「――で、探しものってのはどんなだ?」
「あの…?」
「何を探していたんだ?」
「鏡…小さな、コンパクト型になっている鏡です。母から頂いた大切なものなのです」
「色は?」
「金の…」
エセルは剣を鞘に収めると。少女に付いて来いと瞳で促した。
「普段は禁止区域に行く事はないんだろ?」
「はい…」
「だったら、今から光を探せ」
「はい?」
エセルは元の場所へと戻ってきた。聖剣を手にする。瞬間、エセルの瞳が黄金に輝く。
「ソルフェイドよ、我に応えて力を示せ!」
剣を抜き肩の高さで剣の刃を水平に構えるように持つ。すると、その剣先から一条の光が走る。
「金でできているのなら光が反射するはずだ。探せ」
「はい!」
少女は光の軌跡を追った。すると、ある点で光が不自然に曲がった。
「今、光が…!」
「よし、行くぞ」
光が折れた場所に向かった。すると、そこにはまさに金の鏡があった。
「これです!」
少女は嬉しそうに鏡を手に取った。
「そうか、見付かって良かったな」
エセルは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「あぁ、大事なものならちゃんと仕舞っておけ。あと、禁止区域には近寄るな。いいな」
「はい!」
少女は微笑った。意外なくらいパッと明るい表情にエセルはちょっとびっくりした。
「さぁ、行け!俺はまだ稽古の途中なんだ。悪いが送って行ってはやれないぞ」
「はい。本当に、ありがとうございました」
ペコリと丁寧にお辞儀をすると少女は森を後にした。エセルはこっそり安堵のため息をついた。
(ようやく静かに稽古ができそうだ…)
翌日、組み分け演習が行われる事になった。エンブレム所持者は新3年生と共にホールへ集められた。
「名前を呼ばれた者から順にくじを引きなさい」
「まず、3人組を作ってもらう。引いたくじには印が付いている。同じ印の付いた人物が3人組のメンバーとなる」
呼ばれたものから順にくじを引いていく。聡い者なら気付いたかもしれない。意図的に順番が決められている。編入生、内部生、エンブレムの順でくじを引かされた。
「ルーエ、マリウス先生の口元見たか?」
「えっ?」
「呪文唱えてた。しかも、あれは転移魔法だった」
「転移魔法…」
「くじ引きは建て前で、意図的に3人組を選ばされてるみたいだな」
シオンはカラクリを見抜いた。だが、不正を正そうだの公平なくじ引きを提案しようなどとは思わなかった。
「おそらくはお前の提案の所為だ」
冷静にヒュークリッドが感想を述べる。
「そうだな〜。なら、仕方ねぇよな」
名前を呼ばれ、くじを引いていく。現エンブレム所持者と前・Jの2名がくじを引き終わって、最後に一つ残った。
「欠席者――トリスタン=ディールはサクラの印だ。今日明日にでも本校に帰ってくるそうなので、同じ印の者はその旨を伝えるように」
《ダイヤ》Kであるトリスタンは事情があって故郷から学園に戻るのが遅れていた。トリスタンと同じ印だったのは少し神経質そうな男子生徒・フィス=セイグラムと金髪に赤い瞳の女生徒・シャカーラ=ベルジュだ。二人の間には何やら険悪な空気が漂っていた。
「シオン様!シオン様はどのお印を引かれたのですか?」
「ヒュークリッド様は?」
「ルーエ様は…?」
「私の印は…」
シオン、ヒュークリッド、ルーエの周りに女生徒が群がる。
「俺は逆三角▼。で、ヒュークリッドが二重丸◎。ルーエは?」
「僕はクロス(十字)だった」
こうして、新3年生には引きこもごもの3人組が決定した。
エセルは自分の引いた印であるバツ(×)印が見えるようにくじを持つ右手を頭より上にに上げた。それを見て、集まってきた2人の内、1人は見知った顔だった。
「この間はありがとうございました…」
白髪の少女が頭を下げる。
「この間?ナーちゃん、エセル様と知り合いなの?」
一緒にやってきたエセルより更に(隣の少女よりも)小柄な少年がきょとんとした表情をする。箱入りで(本人は不本意ながら)ガードの固い彼女がエンブレムの所持者と面識を持っているなんて思わなかったのだ。
一方、エセルの方も驚いていた。昨日、森で出会った少女と同じ班になるとは思わなかったのだ。
「名前を訊こうか?私はエセル=ローエングラムだ」
「私はナターリア=コーヴェと言います」
「俺はミハト=ロジュ・ブルーです。よろしく」
ミハトは人懐っこそうな笑顔で挨拶した。
「俺が《ダイヤ》で、ナーちゃんが《ハート》寄りの《クローバー》。それに《スペード》のエセル様か。バランスは悪くなさそうですね」
まず、戦力の分析から入るあたり、頭の良さを窺わせる。
「代表者はとりあえず俺でも良いですか?」
「ああ」
「もちろん」
ミハトはにっこりした。
「じゃあ、課題引きに行ってきます」
ミハトはメンバー票を記入しに壇上へ上がった。そして、その帰りに課題であるカードと貰えるアイテムのカードを引いて戻ってきた。
「課題は『エルンドラの牙』『月光蝶の標本』『左右の瞳の違う猫』で、手に入れたアイテムは『ハイぺリオンのたてがみ』『シェンルー酒』です」
「エルンドラは蛇に似たモンスターで、毒のある牙は薬にもなる。島の中の森…とりわけ湿地帯によく出現する」
エセルがモンスターの解説をする。
「さすが、《スペード》ですね。じゃあ、どこに巣があるとかも分かります?」
「いや…例年なら春休み中に島内のモンスター出現ポイント調査を行うのだが、今年は行っていない。おそらく、課題にモンスター討伐の可能性が含まれているからだろう。悪いが、モンスターは少しずつポイントを移動する。ピンポイントで特定するのは難しいな」
「そうですか。じゃあ、『月光蝶』っていうのは――」
ミハトがエセルに聞こうとした瞬間、袖口を引かれた。
「どうした?ナーちゃん?」
「月光蝶はシンジャに生息する夜光性のある銀色の蝶です」
「そっか…じゃあ、この島には居ない訳だ」
ミハトはなる程ね…等とブツブツ呟いていた。既に入手する為の作戦を考えているようだ。
「『左右の瞳の違う猫』というのは…」
「この学校の生徒の誰かが飼ってるとかってないですかね?」
「猫を飼うのは《ダイヤ》が多い…。だが、大抵が黒猫だ」
「使い魔として飼う人が多いですもんね」
「では、瞳の色を一時的に変えるというのはどうでしょう?」
ナターリアのアイデアにミハトが言葉に詰まる。
「ナーちゃん?俺、まだ本格的な魔法は教えてもらってないんだけど…」
「…ごめんなさい」
「でも、交渉次第ではできなくもないか…」
「どうする気だ?」
「あのですね…」
二人を手招きするとボソボソと内緒話をする。
「成る程。それは上手い手だな」
「そうでしょ〜?」
「流石ね、ミハくん」
こうして、思いのほかに和気あいあいとしている3人を、見つめている視線が二つある事に3人は誰も気付いていなかった。
本編その2です。
その1は会報で、その3は「美しき世界」というシリーズです。
これはGSLの恋愛部門というか、
「目指せ!ネオロマ!」
…ってカンジで楽しんでもらおうかと。
メインは誰かと言われたら、困るんですけど。
メインは毎回違うカンジで。